ロックバンド BIGMAMA のフロントマン・金井政人(かない まさと)さん。
人気バンド「緑黄色社会」のボーカル・長屋晴子さんとご結婚され、こちらも話題になりました。
金井政人というアーティストを育てた背景を掘り下げます!
プロフィール 金井政人(かない まさと)

■名前:金井政人(かない まさと)
■生年月日:1985年5月3日
■出身地:東京都西東京市出身(長野県生まれ)
■出身高校:中央大学付属高校
■出身大学:中央大学
■担当:ボーカル・ギター
■所属:イグナイトマネージメント
中央大学付属高校は偏差値69の難関校です。
バイオリンを取り入れたバンドサウンドからもどことなく知性的なものを感じますね。
奥様もボーカル・ギターということで、意気投合した部分もあったのではないでしょうか。
少・中学生時代
東京都のちょうど真ん中から少し北に位置する「西東京市」。
平成13年に田無市と保谷市が合併して誕生した比較的新しい市です。
BIGMAMAのフロントマン・金井政人さんは、この街で幼少期から青春時代を過ごしました。
高校受験の際、金井さんは、受験書類に「東京都西東京市」と書きながら、
「東なのか西なのか分からない!」と心の中で突っ込んでいたといいます。
実はこの市名は住民投票で決定されたもので、金井さんの祖父は「西東京市」に一票を投じ、
喜んでいたというエピソードも金井さん自身が語っています。
ちなみに金井さんご自身は、子どもながらに「ひばり市」という名前を望んでいたそうです。
作詞家の片鱗をうかがえますね。
田無・ひばりヶ丘で刻まれた原風景

金井さんの生活圏には、西武新宿線の田無駅や、西武池袋線のひばりヶ丘駅がありました。
どちらも急行電車が各駅停車に切り替わる駅で、「ここからは少しペースを落として」
という境界のような存在。
都会と田舎の中間地点で、時間がゆったり流れる雰囲気があったようです。
“東京だけれど少し郊外”という独特な要素が、
金井さんの表現者の基盤を作ったのではないでしょうか。
忌野清志郎さん(国分寺市)、真島昌利(小平市)などのレジェンドミュージシャンも、
近郊で青春を過ごしてます。
才気あるミュージシャンを育てる環境があるのかも知れませんね。
スポーツ少年
小学校から中学時代にかけては、サッカーや野球に夢中だった金井さん。
グラウンドを駆け回り、ボールを追いかけるスポーツ少年だったそうです。
さらに田無神社で開かれた「わんぱく相撲」で優勝し、両国国技館の土俵に立った経験もあり、
「国技館で相撲を取ったことのあるミュージシャンなんて僕だけかも知れません」
と冗談ぽくインタビューに答えています。
さすがに金井さんに“相撲”のイメージはありませんね・・・!
高校生時代

小金井・吉祥寺まで広がる青春の行動範囲
高校は隣の小金井市に通学。「近いから」という理由だったそうで、
「『SLAM DUNK』を読み過ぎたのかもしれません」と答えていますが、
おそらくこれは「流川楓」というキャラクターが同じ理由で高校進学を決めているので、
そのことを指しているのだと思われます。
金井さんは自転車通学を楽しみながら、行動範囲を一気に広げていき、
武蔵野市や吉祥寺まで自転車で通い詰め、「地元」と言い張るほどの愛着を持っていたそう。
特に小金井公園は思い出深い場所。春には桜が咲き誇り、豊かな自然と広大な敷地は、
子どもたちにとって無限の遊び場。
金井さんは「0から1を作る体験が今の音楽活動につながっている」と振り返っています。
音楽との出会いと「BIGMAMA」誕生秘話
高校入学と同時にスポーツを辞めた金井さんは、学園祭で見たライブに衝撃を受け、
音楽へとのめり込んでいきます。仲間とセッションを重ね、バンド活動をスタート。
バンド名「BIGMAMA」は、高校2年のとき、駐輪場で仲間に
「金井の自転車に貼ってあるステッカーの名前でいいんじゃない?」と言われたことがきっかけ。
こうして、独自のスタイルを持つロックバンド「BIGMAMA」が誕生しました。
初ステージは中央大学付属高校の第1第2体育館、高1の時の学園祭のステージが人に見られ
『DISK GARAGE発!ライブ・エンタメWEBマガジン』インタビューより
た最初のステージでした。その時のことは僕よりも、柿沼(現バンドメンバー)が
覚えてくれているんです。“ギターは背負ってるんだけど、弾かなかった”って。
初ステージではギターはまだあまり弾けなかったようですね。
微笑ましいエピソードです。
大学時代

大学時代、バンド活動に加えて生活費を稼ぐため、
『TSUTAYA境橋店※2018年閉店』でアルバイトを始めます。
CDジャケットや映画パッケージに囲まれながら、
「一言で人を振り向かせるキャッチコピー」に日々触れ、感性を磨いたといいます。
やがて全国デビューを果たし、自身のCDがアルバイト先に並ぶ瞬間を経験。
嬉しいと感じた半面、「ここにいてはいけない」と直感し、音楽一本に専念することを決意しました。

まとめ
BIGMAMAという唯一無二のバンドを生み出した金井さんのルーツを見た気がします。
これからも独自の感性で、日本の音楽シーンを引っ張っていってもらいたいと思います。
奥様・長屋晴子さんの在籍するバンド『緑黄色社会』とのコラボなどもあるかも知れませんね。
今後のさらなる金井さんの活躍に期待しましょう!

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